ピケちゃん


8月18日、長らく闘病中のピケちゃんがなくなりました。
近所に出かけていて、留守をしているあいだにいってしまいました。
病院に通い、いつなくなっても不思議じゃない状態で1年近く。
こころ構えはできているつもりだったのですが、最期に一緒にいてあげられなかったことが、本当に申し訳なく、
ひとりで苦しい思いをさせてしまったと出かけたことを悔やみました。

次の日、ペット葬の方にお葬式をしていただきました。
なくなった直後はピケちゃんはくるしげな表情だったのですが、
葬儀のときは穏やかな表情になっていました。
自分のつくった小箱の中で、お花にかこまれて、とても安らかな顔でした。
手厚く葬儀をしてもらい、火葬してもらい、骨になったピケちゃんは、とても立派な骨で、
小鳥でこんなにしっかり骨が残る子はめずらしい、体が強かったんですね、と言われました。
だから、病気をかかえながらも、8年半も生きることができたのだとおもいました。
小鳥は病気になったら割と早くになくなってしまうことがおおいようです。
ピケちゃんは食欲旺盛で、最期まで生きることにめっちゃ執着していて、あきらめず、頑張ったんだなとおもいました。
最期を看取れず、悲しみでいっぱいでしたが、そんなピケちゃんを思うと、だんだんとこころが和らぎました。
きれいな骨になったピケちゃんの姿に慰められ、気持ちの整理がつきました。

ピケちゃん、8年半一緒にいてくれて、ありがとうという気持ちでいっぱいです。

わたしは風邪をこじらせ、ピケちゃんがなくなる少し前まで全く声を出せなかったのですが、声が出るのを待ってくれていたのかな?
やっと声がでて、話しかけたときの嬉しそうな顔は忘れられません。

立派な骨壷にいれていただきました。

これまでペットが亡くなったときは、家族で山にいって埋葬したりしていて、
ペット葬をお願いしたのは初めてだったのですが、お願いしてとてもよかったとおもいました。
こういうのは残った人間のためのものだとは思うのですが、
おかげで気持ちの整理がとてもついて、ピケちゃんの鳥生?の終わりをちゃんとうけいれることができました。
葬儀社のかたにはとても感謝しました。

そして、最後、ずっと見てくださった動物病院の先生、本当にありがとうございました。
小鳥を見てくださるうでのいい獣医さんに出会えて本当にありがたかったです。
どこにつれていっても、悲しいリアクションだったので、なんとかおうちでみようと諦めていたけど、連れて行って本当に良かったです。
おかげで、ピケちゃんが少しでも体が楽な状態で最期まで生きられました。
病気でも幸せそうな表情を見ることができたのは、動物病院の先生のおかげです。

ここ2年以上、もうピケちゃんは飛ぶことができなかったので、天国で自由に飛び回っていたらいいな。


そして、ひなのときから一緒にいた、クピちゃんはピケちゃんの死を理解しており、とても悲しそうで、元気がなくなってしまい、すごく心配していたのですが、
ここ最近元気を取り戻し、プーちゃんと遊んだり飛んだりしていて安心しました。
おじいさんなので、わかいプーちゃんとあそぶのはテンションについていけず、やや引き気味です。
雄同士なのに、年頃の若者なプーちゃんに性的にせまられて気の毒です。

わかかりし頃のピケちゃん、クピちゃん、それから、まだひなのときに風邪で亡くなってしまったアロンソちゃん。
お気付きの方はいるかいないかわかりませんが、うちのインコの名前はぜんぶF1ドライバーからとりました。
クピちゃんはもともとはクビサちゃんだったのですが、呼んでるうちにクピちゃんになりました。
今はプーちゃんがいるので、クピプーであられちゃんのがっちゃんからとったのですか?と言われますが、F1ドライバーだったのでした。
アロンソちゃんを病院につれていったときはさすがに後悔しました。
受付で藤沢アロンソちゃんと呼ばれ、とんでもねー名前つけてしまったと我にかえりました。

ひなのころはやはりまた格別にかわいいですね。
懐かしいです。

クピちゃんもすでに8歳半ですが、元気で長生きしてもらいたいです。
クピちゃんはいままで病気ひとつしたことがなく、体が丈夫みたいですが、じいさんなので気をつけて面倒みようとおもいます。


最後になりましたが、ピケちゃんの闘病中にはげましのメッセージをくださったみなさま、どうもありがとうございました!






posted by 藤沢志月


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